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【26年最新】藤波朱理の父はどんな人?兄・勇飛と藤波辰爾との関係を調査

藤波朱理の父・藤波俊一と兄・藤波勇飛について
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パリ五輪の金メダリストで、レスリング女子57キロ級の藤波朱理さん。

2026年10月3日、地元の愛知で開かれたアジア大会の準決勝で敗れ、2017年から続いていた公式戦155連勝が止まりました。

その日から、試合の結果と一緒に「父」「兄」「藤波辰爾」といった言葉で検索する人が増えています。

誰に教わって、ここまで強くなったのか。

そして、同じ名字のプロレスラーとは関係があるのか。

この記事でわかること
  • 藤波朱理の父はどんな人なのか
  • 4歳でレスリングを始めたきっかけ
  • 兄・藤波勇飛はどんな選手だったのか
  • プロレスラーの藤波辰爾とは親戚なのか
  • 155連勝が止まった日に父が語ったこと
  • 大学・身長・所属などのプロフィール

これらについて、公表されている情報をもとに調査していきます。

藤波さんがどういう選手なのかは、この投稿が分かりやすいです。2024年のパリ五輪で金メダルを取ったときのものです。

藤波朱理の父はどんな人?日体大コーチの藤波俊一さん

藤波朱理さんの父は、日本体育大学レスリング部でコーチを務める藤波俊一さんです。

ただの「レスリング経験者の父」ではありません。

教員の職を辞めてまで娘についた人です。ここでは俊一さんの歩みを、3つに分けて見ていきます。

結論!父は国体2連覇の元レスリング選手で、いまは日本体育大学レスリング部コーチの藤波俊一さん!

現役時代は国体2連覇、ソウル五輪の代表候補

俊一さん自身も、全国の頂点に立ったレスリング選手でした。

1964年に三重県で生まれ、日本体育大学の学生だった1985年と1986年に、国民体育大会(国体)の52キロ級を連覇しています。

1988年のソウル五輪では、日本代表の最終候補に残りました。

ただ、五輪の舞台に立つことはありませんでした。父が届かなかった五輪の金メダルを、娘が36年後に取ったという形です。

出典:致知出版社

いなべ総合学園高校にレスリング部をつくった指導者

現役を退いた俊一さんは、三重県立いなべ総合学園高校に赴任し、レスリング部を立ち上げました。

1995年にはジュニア選手向けの「いなべクラブ」(現在のいなべレスリングアカデミー)も開設しています。

朱理さんが通ったいなべ総合学園は、いまではインターハイの常連として知られる学校です。父がゼロからつくった部に、娘が入った流れでした。

出典:致知出版社、いなべレスリングクラブ 指導者紹介

2021年に教職を辞めて上京、日本代表のコーチにも

俊一さんの歩みで大きいのが、2021年の決断です。

三重県での教員の職を辞め、娘の夢に付き合う形で上京。いまは日本体育大学レスリング部のコーチを務めています。

肩書きは娘の個人コーチだけではありません。2022年杭州アジア大会では、日本代表チームのコーチとして日本オリンピック委員会(JOC)に名前が載っています。

親子であると同時に、代表の指導者と選手でもある関係ですね。

テレビの取材も親子そろって受けています。2023年に日本テレビ「シューイチ」が藤波さんを取材した回を知らせたのが、この投稿です。コーチを務める父も番組に出ています。

出典:JOC 杭州アジア大会 日本代表

藤波朱理が4歳でレスリングを始めたきっかけは?

朱理さんがレスリングを始めたのは4歳のときで、きっかけは家族でした。

父と兄がレスリングをしていた家で、朱理さんは何を思ってマットに立ったのか。

本人と父が語ってきた話を追います。

理由は「家族の会話に入りたかったから」

朱理さんは、レスリングを始めた理由について、家族の会話に入りたかったからだと語っています。

当時の藤波家では、話題の中心が兄のレスリングでした。

その輪に入れないことが悔しかったという話です。

強くなりたいより先に、家族と同じ話がしたかった。4歳の動機はそれだけで、そこから155連勝の選手が育ちました。

出典:東海テレビ

泣いて「強くしてほしい」と頼んだ日

父の俊一さんが今も忘れていないのが、朱理さんが泣きながら強くしてほしいと頼んできた日です。

その日から練習への向き合い方が変わったと、俊一さんは振り返っています。

小学生のころにはもう、父に自分から指導を求める子どもだったんです。

出典:THE ANSWER

藤波朱理の兄・藤波勇飛はどんな選手?

兄の藤波勇飛さんは、世界選手権のメダリストです。

妹と同じく父の指導で育ち、日本代表として世界と戦ってきました。

いまは競技そのものを変えています。

2017年の世界選手権で銅メダル

勇飛さんは1996年5月27日生まれで、朱理さんと同じ三重県四日市市の出身です。

2017年の世界選手権では、男子フリースタイル70キロ級で銅メダルを獲得しました。

翌2018年のジャカルタ・アジア大会でも、74キロ級で銅メダルを手にしています。

世界選手権とアジア大会の両方でメダルを取っている実力者でした。

出典:日本レスリング協会、JOC ジャカルタ・パレンバンアジア大会 日本代表

現在は総合格闘家として活動

勇飛さんはいま、レスリングから総合格闘技に活動の場を移しています。

妹が五輪で金メダルを取った一方、兄はリングに上がる道を選びました。

兄妹そろって競技者という家庭、なかなかありませんよね。

藤波朱理とプロレスラーの藤波辰爾は親戚なの?

結論から書くと、2人が親戚だという発表は確認できませんでした。

同じ「藤波」で、どちらもマットの上で戦う人。

だから結び付けられやすいのですが、公表されている家族構成を見ると話は別です。

結論!朱理さんの家族として公表されているのは父・俊一さんと兄・勇飛さん。藤波辰爾さんとの血縁を示す発表はありません!

公表されている家族は父と兄

朱理さんの「藤波」は、父の俊一さん、兄の勇飛さんと続く三重県四日市市の家の名字です。

父も兄もレスリングの指導者・選手として名前が出ている人で、プロレスとのつながりは報じられていません。

藤波朱理さんの藤波は、レスリング一家の藤波です。

藤波辰爾は大分県出身で、長男はLEONA選手

一方の藤波辰爾さんは、1953年12月28日に大分県東国東郡武蔵町志和利(現在の国東市)で生まれたプロレスラーです。

本名であり、旧リングネームでもあるのが「藤波辰巳」。

長男は、同じくプロレスラーのLEONAさんです。

2026年にはデビューから55年を迎えました。出身地も歩んだ道も、朱理さんとは重なりません。

出典:東スポWEB、熊本日日新聞

155連勝が止まった日、父の俊一さんは何を語った?

2026年10月3日の敗戦について、俊一さんはコーチとしての言葉を残しています。

何が起きた試合だったのか。

そして本人と父が、それぞれどう振り返ったのかを整理します。

アジア大会の準決勝で0-10の完敗、結果は銅メダル

舞台は、地元の愛知・名古屋で開かれたアジア大会の女子57キロ級でした。

準決勝で北朝鮮のイル・シムソン選手に0-10で敗れ、2017年6月から続いていた公式戦の連勝が155で止まりました。

中学2年のとき以来、約9年ぶりの黒星です。

その日の夜の3位決定戦では、ベトナムの選手に10-0のテクニカルスペリオリティー勝ち。金メダルを狙った地元の大会は、銅メダルで終わりました。

出典:NHK、中日スポーツ、中日新聞

表彰台でも悔し涙を見せ、2年後を見据えた言葉を残しています。

2年後に絶対流すのは君が代

本人は「絶対強くなります」

試合後の藤波さんは、言い訳をしませんでした。

涙を見せながら、こう話しています。

何もできなくて負けてしまいました。絶対強くなります!

相手をたたえる言葉も残しました。

本当に相手選手が強くて自分が弱かっただけです

2年前、パリ五輪の開幕前にも「1番」という言葉を使っていました。そのときの投稿が、これです。

父は「課題を克服できずに、この試合になってしまった」

父であり、コーチでもある俊一さんは、敗因を技術の問題として受け止めています。

試合後に語ったのが、この言葉です。

課題を克服できずに、この試合になってしまった

娘を慰めるより先に、克服できなかった課題の話をする。

父の言葉は、最後までコーチの言葉でした。

なお、元日本代表監督の栄和人さんは、53キロ級から57キロ級への階級変更がまだ体に合っていないのではないかと指摘しています。

出典:スポーツ報知

藤波朱理のプロフィール・経歴(大学・身長・所属)

最後に、藤波朱理さんの基本情報をまとめておきます。

高校・大学の進路と、2026年から変わった所属。この2つが経歴を見るときの軸になります。

基本プロフィール

  • 名前:藤波朱理(ふじなみ あかり)
  • 生年月日:2003年11月11日
  • 年齢:22歳(2026年10月時点)
  • 出身:三重県四日市市
  • 身長:164cm
  • 階級:女子57キロ級(パリ五輪は53キロ級)
  • 所属:レスターホールディングス(日本レスリング協会の登録は「株式会社レスター」)

出典:日本レスリング協会

いなべ総合学園高校から日本体育大学へ

朱理さんが進んだのは、父が教えていたいなべ総合学園高校です。

その後は日本体育大学に進学しました。

父の俊一さんが2021年から日体大のコーチを務めているため、大学でも指導者は父という形が続きました。

日体大時代には、チームの応援を呼びかける投稿もしています。

2026年4月からは株式会社レスターに所属

大学を卒業した2026年4月からは、レスターホールディングスの所属になっています。

今回のアジア大会は、社会人1年目で迎えた大きな国際大会でした。

2026年5月の全日本選抜選手権を制して連勝を153に伸ばし、そのまま地元開催の大舞台へ。22歳で迎えた初めての黒星は、その延長線上にありました。

出典:JOC

まとめ

藤波朱理の父と家族まとめ

  • 父は日本体育大学レスリング部コーチの藤波俊一さん
  • 現役時代は国体2連覇。1988年ソウル五輪では日本代表の候補に残った
  • いなべ総合学園高校にレスリング部をつくり、2021年に教職を辞めて上京
  • 2022年杭州アジア大会では日本代表のコーチとしてJOCに登録
  • 朱理さんがレスリングを始めたのは4歳。理由は家族の会話に入りたかったから
  • 兄の藤波勇飛さんは2017年世界選手権の銅メダリスト。いまは総合格闘家
  • プロレスラーの藤波辰爾さんと親戚だという発表は確認できなかった
  • 2026年10月3日、アジア大会準決勝で敗れ、連勝が155でストップ。3位決定戦に勝って銅メダル

父の俊一さんは、娘が4歳のときから一緒にマットに立ってきた人です。

155連勝が止まった日にも、その関係は変わりませんでした。

次の試合でどんな姿を見せるのか。親子そろって、しばらく注目が続きそうです。

新しい情報が入り次第、この記事にも追記していきます。

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