【26年最新】野村将希の現在は?73歳で高齢者施設を回る今を調査
俳優で歌手の野村将希さん。
『水戸黄門』の柘植の飛猿といえば、あの顔がすぐ浮かぶ人も多いはずです。
ただ、いまの出演作を挙げてくださいと言われると、少し言葉に詰まります。
毎週のようにテレビで見ていた時期を知っているほど、その落差は引っかかるものです。
73歳になった野村さんは、どこで何をしているのか。
- 野村将希さんの現在は?
- 野村将希さんが回っている高齢者施設では何をしているの?
- 野村将希さんの経歴や家族は?
これらについて調査していきます。
野村将希の現在は?【2026年10月最新】
73歳の野村さんが向かっているのは、撮影所ではありません。
いま何をしているのか、いつ始めたのか、引退の話は出ていないのか。
この3つを順に見ていきます。
結論!野村将希さんは73歳の現在、全国の高齢者施設を回る慰問活動を続けています!
2026年10月25日付のマイナビニュースは、野村さんの近況をこう伝えています。
『水戸黄門』で人気を博した73歳俳優、現在は“体操”を考案して高齢者施設を回る日々
俳優や歌手の仕事をやめて福祉の世界に移った、という話ではありません。
時代劇で知られた人が、自分で考えた体操を持って施設を回っている。
それが2026年の野村さんの日常です。
野村さんの現在地は、テレビ画面の中ではなく施設の集会室です。
73歳の今は全国の高齢者施設を回っている
いちばん時間を使っているのは、高齢者施設への慰問です。
活動の名前は「笑顔を届ける 全国慰問の旅」。
地域交流と健康づくりを目的に掲げたプロジェクトで、2026年1月21日には都内で会見も行われました。
行き先を決め打ちにはしていません。
会見で野村さんは、国内であればどこへでも行く考えを示しています。
所属するサンミュージックの公式サイトには、この旅の専用ページも置かれています。
慰問の旅は「水戸黄門の原点」茨城から始まった
この活動は2026年に急に始まったものではありません。
デイリースポーツによると、企画が立ち上がったのは2025年の茨城県でした。
『水戸黄門』の原点にあたる土地です。
飛猿を演じた物語の土地から、その役を見ていた世代のところへ出かけていく。
筋が通っていますよね。
2026年は山形・米沢の特別養護老人ホームへ
2026年6月4日には、山形県米沢市の特別養護老人ホームでの慰問が報じられました。
地元のさくらんぼテレビは、「この紋所が目に入らぬか」の時代劇で飛猿を演じた俳優が高齢者施設で交流した、と伝えています。
ライブドアニュースも同じ日に、この慰問をこう取り上げました。
野村将希さんが特養をボランティア慰問 名物の野村体操で入居者を元気に
会見から半年で、東京から山形まで足が伸びていました。
引退や休業の発表は確認できない
引退や休業を伝える発表は出ていません。
所属事務所の公式サイトには、野村さんのプロフィールページと慰問プロジェクトのページが並んでいます。
報道も2026年の1月、6月、10月と続いています。
病気や入院についての発表も確認できませんでした。
テレビ出演も途切れてはいません。
2026年10月27日放送の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)にゲストとして出演しました。
番組で取り上げられたのも、やはり慰問と「野村体操」です。
オリコンは放送に合わせて、こう伝えています。
73歳“飛猿”野村将希、ダンディーな近影 『水戸黄門』テーマ使った「野村体操」が話題に【徹子の部屋】
姿が見えにくくなっただけで、仕事の手は止まっていません。
慰問先で名物になっている「野村体操」
慰問の中身で、本人の名字が付いて呼ばれているものがあります。
報道で「名物」と書かれるまでになった「野村体操」です。
分かっていることと、まだ出ていないことを、順に並べます。
結論!「野村体操」は野村将希さんが考案した、『水戸黄門』のテーマ曲に合わせて入居者と一緒に行う体操です!
米沢の特養では入居者と一緒に体を動かした
野村体操は、野村さんが入居者とその場で一緒に体を動かすものです。
2026年6月の米沢市での慰問では、この体操で入居者を元気づけたと報じられました。
マイナビニュースは、体操を野村さん自身が考案したものだと書いています。
俳優が自分で考えた体操が施設の名物になっている、というのはあまり聞かない話ですよね。
入居者と一緒に体を動かす時間が、慰問の中心に置かれています。
動きを合わせるのは『水戸黄門』のテーマ曲
体操の中身は、『徹子の部屋』の放送で一部が分かりました。
入居者が動きを合わせるのは、あの『水戸黄門』のテーマ曲です。
まいどなニュースは、この体操を全国の高齢者へ広める活動として伝えています。
知っている曲が流れれば、体も動かしやすくなります。
ただ、どんな動きを何回やるのかまでは公表されていません。
考案した時期も、現時点では出ていません。
健康の秘訣は「モチベーションが一番大事」
全国を回る73歳の体力は、どこから来ているのでしょうか。
会見で本人が答えた一言から探ります。
「国内ならどこへでも」と話していた
野村さんが健康の秘訣として挙げたのは、体づくりの方法ではありませんでした。
2026年1月21日の会見について、デイリースポーツはこう伝えています。
“柘植の飛猿”野村将希73歳 健康の秘訣は「モチベーションが一番大事」
同じ会見で、慰問先は国内であればどこへでも行くと話しています。
行く先と、そこで待っている人が決まっていること。
それが全国を回る体力の土台になっています。
73歳の健康法として挙がったのは、気持ちの持ち方でした。
野村将希の経歴|「野村真樹」から飛猿まで
ここで足どりも押さえておきます。
デビューは1970年で、名前も途中で変わりました。
改名と、当たり役に出会った年を追います。
1983年に「真樹」から「将希」へ改めた
野村さんは1970年に「野村真樹」の名義でデビューしています。
デビュー曲は「一度だけなら」で、同じ年のNHK紅白歌合戦にも初出場しました。
飛猿の正体は…実は紅白出場歌手→現在「水戸黄門」体操で高齢者に大人気 息子も長身イケメン【徹子の部屋】
「将希」に改めたのは1983年2月。
そして1987年、TBSのドラマ『水戸黄門』で柘植の飛猿役に起用されました。
生まれは1952年11月13日。
ここまでの経歴は、ザテレビジョンの人物ページで確認できます。
慰問先で「あの飛猿だ」と分かってもらえるのは、この役があるからなんです。
デビューから半世紀を超えても、当たり役の名前が先に立っています。
息子は俳優の野村祐希とJリーガーの野村政孝
野村さんの家族にも、表に出ている人がいます。
2人の息子と、父子で重なった役を見ます。
次男の祐希さんも「飛猿」を演じた
次男は俳優の野村祐希さんです。
モデルプレスは祐希さんを、俳優で歌手の野村将希さんの次男で、兄はJリーガーの野村政孝さん、と紹介しています。
2017年には、祐希さんが『水戸黄門』の飛猿役で父へのライバル心を見せたと報じられました。
親子で同じ役を通ってきた家は、そうそうないですよね。
父の当たり役を、息子がもう一度演じています。
孫が3人いることも、『徹子の部屋』の放送に合わせた報道で紹介されています。
妻については、本人や事務所の発信で確認できる情報がありませんでした。
まとめ
2026年10月時点で確認できたことを整理します。
- 野村将希さんは73歳のいまも、全国の高齢者施設を回る慰問活動を続けている
- 活動の名前は「笑顔を届ける 全国慰問の旅」で、地域交流と健康づくりを掲げている
- 企画は2025年に茨城県で始まり、2026年1月21日には都内で会見が開かれた
- 2026年6月4日には、山形県米沢市の特別養護老人ホームへの慰問が報じられた
- 慰問の中心にあるのは、『水戸黄門』のテーマ曲に合わせて入居者と一緒に行う「野村体操」
- 体操の手順や回数、考案した時期までは公表されていない
- 健康の秘訣として本人が挙げたのは「モチベーションが一番大事」だった
- 2026年10月27日放送の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演し、慰問と「野村体操」が取り上げられた
- デビューは1970年の「野村真樹」名義。デビュー曲「一度だけなら」で同年のNHK紅白歌合戦に初出場している
- 1987年にTBS『水戸黄門』の柘植の飛猿役に起用され、これが当たり役になった
- 次男は俳優の野村祐希さん、長男はJリーガーの野村政孝さんで、孫は3人
- 引退・休業・病気についての発表も、妻についての情報も確認できなかった
当たり役で覚えられた顔を持って、その役を見ていた世代のところへ自分から出かけていく。
テレビの露出だけを追っていると、73歳のいまは見えてきません。
新しい情報が入り次第、この記事にも追記していきます。
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